英国ポップのレガシーとヒストリーを間近で聴かせてくれる10ccのステージ。目の前で展開される“音楽の魔法”が凍えた身体を温めてくれる真冬の夜

2019年1月29日 / 12:30

 70~80年代にロック/ポップスを聴き込んだと思しき人たちが発する異様なほどの熱気。日本の社会全体が沈んでいるように感じられるご時世に、この空気はいったい何なのだろう? 開演前から充満する親密なアトモスフェアが10ccに対する期待を如実に物語っている――そう感じたのは、きっと僕だけではないはずだ。

 ちょっとダルなシャッフル・ビートで始まった2日目のセカンド・ショウ。何色ものライトがステージを照らし出すと、顔に深い皺を刻んだメンバーたちがプライベートなパートナーを愛撫するかのように優しく楽器を操り始める。しかし、弾き出される音にはエッジが鋭利に立ち、紛うことなくロックなのだと実感させてくれる。力強いリズムとラウドな音響、そして輪郭のクッキリしたメロディ。間違いなく、これこそがブリティッシュ・ロック・レジェンド=10ccのサウンドだ。

 詰めかけた観客の頬が次第に紅潮し始め、会場全体が高揚していく様子が伝わってくる。グレアム・グールドマン(Bs,Gr,Vo)を中心としたメンバーは、音を1つひとつ確かめるように演奏に集中している。だが、そんな場面でもフレンドリーで、笑顔がこぼれている。

 威風堂々としていて、洒脱で、理知的で――そんな雰囲気を濃密に振りまきながら、聴き覚えのあるリフや旋律が途絶えることなく隅々まで届く。いささかも瑞々しさを失うことのない色鮮やかな音から滲み出してくるのは“佳き時代”のレガシーとヒストリー。まるで、地下のカーヴで何十年も静かに眠っていたワインのコルクを抜いた瞬間のように芳醇な香りが漂う。音楽が「時代を超える」とは、まさにこういうことを指すのだろう。

 72年の結成以来、メンバー・チェンジや分裂(ケヴィン・ゴドレイとロル・クレームだ!)を繰り返しながら80年代や90年代、そして21世紀に入ってからも断続的に活動してきた10cc。現在はオリジナル・メンバーのグレアムを核とする5人のベテラン・ミュージシャンで固めたラインナップで、昨年10月からツアーをスタートさせ、その一環として『ビルボードライブ』に帰ってきた。

 抒情的なリック・フェンのギター・プレイ、ときにジェイムズ・ギャドソンを彷彿させるポール・バージェスのハイハット・ワーク。屋台骨を支える彼らのエモーショナルながら的確な演奏が、現在の10ccサウンドをエキサイティングにしている。

 アイデアと閃きを高密度で詰め込んだ斬新なポップの数々。シニカルで屈折した大人のロック。独創性を尊重する英国のポップ・ミュージックの伝統をベースに、ときにはエグいほどの毒をまぶした音楽性で、日本では“ひねくれポップス”と呼ばれることもある彼らの楽曲群。全英1位・全米2位を獲得した究極のラヴ・ソングにして不朽の名作「I’m Not In Love」(75年)を筆頭に「Life Is A Minestrone」(人生は野菜スープ/同年)や「Don’t Hang Up」(電話を切らないで/76年)、さらには全米5位の大ヒットになった「The Things We Do For Love」(愛ゆえに/77年)や「Dreadlock Holiday」(78年)など、一筋縄にはいかないナンバーを70年代に次々とドロップしてきた10cc。その影響力はカヴァーの多さを振り返っただけで一目瞭然だ。例えば「I’m Not In Love」ならスマッシュ・ヒットしたウィル・トゥ・パワーが有名だし、プリテンダーズやデニ・ハインズのヴァージョンも秀逸。またジュリア・フォーダムや、近年はダイアナ・クラールも取り上げていて、その数は枚挙に暇がない。

 ストレイトなカヴァーでなくても、サウンドや世界観の側面で言えば、例えばオフコースの最終アルバムのタイトル曲「I Love You」(82年)が、彼らの「I’m Not In Love」にインスパイアされているのは明らか。まるで湖底に響いているような深いディレイのかかったドリーミーなサウンドや間奏部分に挿入されたモノローグ的なナレイションといったアイデア、そして敢えて正反対の意味合いを持つ曲名を掲げていることを考えると、両曲に符合するファクターの多さに目から鱗。小田和正はきっとこの曲が頭の片隅にあったに違いない。

 このように、ロック/ポップに絶大な影響力を与えてきた10cc。ちょっと大げさに言えば、彼らの曲を聴くことは70年代以降のポップ・ミュージックを聴くことと同意義なのではないかと。そんなレガシーとヒストリーが目の前で広げられていく、まるで「答え合わせ」のようなライブ。2019年の東京で日々を送ってきたからこそ遭遇できたのかもしれないと考えると、この不可思議にして感動的な“めぐり合わせ”を是が非でも堪能しなくてはという気持ちが込み上げてくる。そんな想いをしっかりすくい上げてくれる充実した演奏は、いつの間にか僕の身体の中にある澱みを洗い流し、リフレッシュとカタルシスを同時に果たしてくれる。

 前半から快調に飛ばし、音に体温がこもってくるにしたがい、随所にアドリブの掛け合いが挟み込まれ、サウンド全体が躍動していく。職人的なスキルに裏打ちされたエレガントなロック・ミュージック。ステージは斬新な発想に満ちた展開を繰り広げる往年のヒット曲と同じように、シーンがめくるめくように変化していく。覗き込んだ万華鏡がキラキラと輝きながら模様を変えていくように、メロディとリズムが織りなす色彩も移ろっていく。メンバーが奏でる楽器は、まるで魔法の杖のよう。若手のイアン・ホーナル(Vo,Gr)が違和感なく溶け込んでいるのも嬉しい光景だ。

 また、麗しいハーモニー・ワークを頻繁に聴かせる粋なセンスも――。冒険心と遊び心に満ちた楽曲をトラディショナルなポップ・スタイルに合わせて披露する。いかにも彼ららしい洒脱な表現だ。

 ハイライトはもちろん、恋していることを否定し続ける男のモノローグ。予定調和だろうが“お約束”だろうが、一切の打算を凌駕していく音粒たちに抗うことは決してできない。背後には星屑のようなトゥインクル・ライトが煌めき、ロマンティックなムードを充満させていく。

 英国伝統のポップ感覚を煮詰めたような音楽性と、およそポップではない屈折した世界観のコントラスト。ステージにかぶりついたファンが期待していた以上のコンテンツをサラリとこなした5人。80分の夢のようなロック・ショウを堪能した僕は、寒さが身に染みる家路をホッコリした気分でたどることができた。

 昨日(27日)と今宵、東京で繰り広げられたカレイドスコープのようなポップ・ロック・ショウは、30日に大阪で2度再現される。熟練した“音の魔術師”たちによるレガシーとヒストリーの音絵巻。もうすぐ結成50周年を迎える彼らのライブは本国でも数少ない、ファンにとってはまさに垂涎のギグ。不朽の名曲を極東のクラブ空間で体験できるミラクルのようなチャンスを、絶対に見逃すことなきよう!

◎公演情報
【10cc】
ビルボードライブ東京

2019月1月27日(日)※終了
2019月1月28日(月)※終了

ビルボードライブ大阪
2019年1月30日(水)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

詳細:http://www.billboard-live.com/

Photo:Masanori Naruse

TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。厳しい寒さが身に染みる「大寒」。こんな時季の夜は飲み応えたっぷりの、ふくよかな味わいのワインをセレクトしたい。そこでお勧めしたいのがタウラージ。ナポリが州都のカンパニア州で造られるアリアニコ種を使用したフルボディの赤ですが、濃いルビー色の液体と酸をたっぷり含みながらも深いコクを感じさせる味わいは、ときに「南イタリアのバローロ」と称されることも。熟成が進むにしたがい気品漂う奥深い味を醸し出していくポテンシャルの高さは、ブルネイロ・ディ・モンタルチーノ、アマローネ・ヴァルボリチェッラ、バローロ/バルバレスコと並んでイタリアの代表的なD.O.C.G.赤ワインに挙げられる。2011年や2009年の当たり年は、まだ手ごろな価格で入手できるので、ぜひとも堪能して欲しいヴィンテージです。


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