ルイサダのシューマン 多義性のポエジー(Album Review)

2018年7月21日 / 11:00

 若き日より、その独特な感性と艶めかしい音色を紡ぎ出すタッチを武器に、余人には真似のできないフレッシュな音楽を届け続けるフランスの名ピアニスト、ジャン=マルク・ルイサダ。今回リリースされたのは、ショパン『14のワルツ』集でもタッグを組んだ、元ドイツ・グラモフォンの名プロデューサー、コード・ガーベンを迎えてのシューマン盤である。

 アルバム冒頭に置かれているのは、前後半9曲ずつ、都合18曲で構成されている『ダヴィッド同盟舞曲集』。ダヴィッドとは、旧約聖書でペリシテの巨人ゴリアテを倒し、ミケランジェロの彫像もつとに有名な、あのダヴィデのことである。

 シューマンは、ピアニストになる夢は諦めざるを得なかったものの、作曲家、音楽評論家として理想に燃え、教養を鼻に掛ける俗物たちをペリシテ人(ドイツ語ではフィリスタン)になぞらえ、打ち克つための同士たちの一団を「ダヴィッド同盟」と名付けた。シューマンの想像力が生み出したこの同盟は、『ダヴィッド同盟舞曲集』、それに作品9『謝肉祭』に登場する。

 それら登場人物たちのなかで最も重要なのは、ともにシューマンの2つの分身で、情熱的で明朗活発な性格のオイゼビウスと、対照的に内省的で思索に耽るフロレスタンである。

 初版では、各曲にフロレスタンとオイゼビウスのイニシャルが一つずつ、ないしは併記で振られており、そもそも作曲者名も彼ら2人の名だったが、第2版で作曲者にシューマンの名が掲げられ、イニシャルも削られ、細部が変更された。しかし初稿のイニシャルはやはり曲の理解の助けになろう。このあたりは、舩木篤也氏の詳細な解説が大きな一助になる。

 という具合に、『フモレスケ』もそうなのだが、シューマンという作曲家は、スコアに書かれている音符や譜面に謎かけが多くあり、更に引用している詩の一節や記号に指示等々にも解読すべき鍵が埋め込まれた、実に仕掛け好きな作曲家なのだが、なにはともあれ音に耳を傾けてみよう。

 まず驚かされるのは、ルイサダの細かなニュアンス付けに敏感に反応するピアノの鳴り、響きと変化の彩だ。そんなピアノを駆るルイサダは水を得た魚の如し。フロレスタンの荒々しさ、熱っぽさ、オイゼビウスの瞑想性を見事に射抜いている。

 しかしその対比は決してどぎつくはない、ここがルイサダの演奏のキモである。両者は対立するだけではなく、ちゃんと舞台の上で併存する。ルイサダの「同盟」へのまなざしは、一種の同士愛にも似た親密さが籠もっており、彼は傍観者としてではなく、その輪に喜んで加わるべく演奏している、そんな印象を強く受ける。

 『フモレスケ』のもととなっている、ドイツ語の「フモール」という単語について、シューマンは「これをフランス語に翻訳するのは不可能です」、と書いた。英語のユーモアとも、もちろんフランス語のユムールとも違うのだが、そのあたりも解説の舩木氏に任せて音に行こう。

 この独特な構成を持つ曲は、おそらくシューマンのピアノ曲のなかで、最も「聴かせる」のが難しい曲のひとつである。無数の楽想が明滅してとらえ所がない上に、リズムも頻繁にズラされて揺動し、調もあちらこちらへとひっきりなしに泳ぐ。かなり長い単一楽章の楽曲全体を、こうした不安定さが覆う、特異な作品だからだ。この音楽に肉薄するには、丁寧で深い読み込みを突き詰めたその先にしか展開しえない、真の意味での想像力が必要になる。

 明晰さと曖昧さを併せ飲むことを怖れないこの曲に、幻視的とも言える壮大なヴィジョンでもって一つのミクロコスモスに昇華させたリヒテルのような演奏とは、しかしルイサダの演奏は違う。ルイサダの演奏も、諸要素すべてに意識の光を当てているが、細部に彫琢を施してゆくと、次第にその不安定で曖昧な総体の豊かな多義性が生まれてくる。ルイサダという人はオリジナリティ溢れる演奏をする人だが、それは恐らく、聴く者ひとりひとりが新たな発見をするよう仕向ける創造的刺戟を与えるアーティストだからだろう。その意味において、この演奏はまこと刺激的という他はない。

 随分と抽象的な物言いが続いたが、なにはともあれディスクをお手に取って直に触れて頂くのが一番。あなたの『ダヴィッド同盟』、あなたの『フモレスケ』、いや、あなたのシューマンを、是非あなた自身で発見して頂きたい。その導き手として、ルイサダはよき導き手であり、このディスクはよき道しるべとなるだろう。Text:川田朔也

◎リリース情報
ジャン=マルク・ルイサダ
『シューマン・アルバム~ダヴィッド同盟舞曲集&フモレスケ』
SICC-19025 3,240円(tax in)


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