孤高のシンガーソングライター、ローラ・ニーロの歌唱力が光る傑作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』

2018年4月6日 / 18:00

ローラ・ニーロはシンガーソングライターとして紹介されることが多い。もちろん、それは間違ってはいないだけれど、ジャクソン・ブラウンやジェイムス・テイラーに代表される“シンガーソングライター”というジャンルの音楽をやっているわけではない。彼女の音楽は独特で、似たミュージシャンはいない。後の時代には彼女に影響されたアーティストがちらほら登場するのだが、彼女のようなスタイルの自作自演歌手は同時代にはいなかった。

ある時は黒人のソウル歌手のようであり、ある時は白人のポップス歌手のようでもある。彼女は自分の体験したさまざまな音楽を咀嚼・再構成し、彼女自身の生き様を加味して真摯に創作する、まさにプロフェッショナルなアーティストである。中でも“大都市の孤独”のような感覚を表現するのは天才的だ。今回紹介する『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』は、彼女の愛する音楽(ノーザンソウル)をカバーした作品集で、彼女の作品の中ではもっともポップ性が高いのだが、高い芸術性も持ち合わせた稀有な傑作と言える。
シングルヒットを連発していた フィフス・ディメンション

いきなり私事で申し訳ないが、1960年代の後半、僕は小学4年生ぐらいから洋楽のファンになって、シングル盤を買うのが何より好きだった。中でも黒人ポップスグループのフィフス・ディメンションは当時人気があり、「ビートでジャンプ(原題:Up, Up and Away)」「ストーンド・ソウル・ピクニック」「輝く星座(原題:Aquarius/Let the Sunshine In)」「ウェディング・ベル・ブルース」の4曲は素晴らしく、シングル盤を買い漁り毎日のように聴いていた。

彼らは黒人グループなのにソウルではなくポップスのグループだったのだが、当時は小学生なので不思議だとも思わなかった。しかし、今から振り返るとフィフス・ディメンションというグループは画期的な存在だったのだ。彼らのような存在があったからこそ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやサンタナのような白黒混合グループが生まれたのかもしれない。
スリー・ドッグ・ナイトと ブラッド・スウェット・アンド・ ティアーズ

で、中学生になってもシングル盤を買いまくっていたのだが(といっても、中学生だけにお小遣い全額を使ってもたかが知れているが…)、当時はスリー・ドッグ・ナイト(TDN)とかブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ(BST)に人気があって、TDNの「イーライズ・カミン」やBSTの「アンド・ホエン・アイ・ダイ」がヒットしていたので、これまた購入…このあたりでライナーを読んでいて、これまでまったく気にしていなかった楽曲の作者に目がいった。

すると、フィフス・ディメンションの「ストーンド・ソウル・ピクニック」「ウェディング・ベル・ブルース」の2曲、そしてTDNの「イーライズ・カミン」とBSTの「アンド・ホエン・アイ・ダイ」は作者がローラ・ニーロという人だということが分かったのである。これが彼女との出会いとなった。
ローラ・ニーロのアルバム

お気に入りの曲たちの作者がローラ・ニーロという女性だと知り、シングル盤を買いに行ったのだが売っておらず(当時は誰もが売れるシングルを出していると思い込んでいた)、LPを探すと『イーライと13番目の懺悔(原題:Eli And The Thirteenth Confession)』(‘68)というのがあって曲目をみると、僕の大好きな「イーライズ・カミン」「ストーンド・ソウル・ピクニック」が入っているではないか。このアルバムは次の年の1月、お年玉をつぎ込んで買ったのだが、ジャズっぽくもあり、ソウルっぽくもあり、ロックっぽくもありといった内容で、ヒット曲しか聴いたことのない中1(13歳)にアルバム全部が理解できるわけではなかった。ただ、歌がべらぼうに上手いことと音楽性が豊かなことだけは分かった。

今から思えば、このアルバムは彼女にとって2枚目にあたり、まだ20歳すぎの女の子のアルバムとしては考えられないぐらいの完成度である。彼女はニューヨーク出身で、当時のニューヨークといえばフォークリバイバルの真っただ中にあるはずなのに、その影響がまったく感じられないところに彼女の独自性があるのだろう。この『イーライと13番目の懺悔』を聴いているとブリルビルディング系のポップス、ジャズ、そしてノーザンソウルが彼女のお気に入りだったのだろうと推測する。

続いて69年にリリースされた『ニューヨーク・テンダベリー』は前作よりもはるかに内省的な内容で、大都会での孤独を感じさせる情念のようなものが全編を貫いている。もはやポップスという枠を超えてしまっており、リスナーに真剣に向き合うことを要求するような作品である。芸術性が極めて高く、彼女の早熟な天才ぶりが発揮された名作であることは間違いない。フィフス・ディメンションやTDN、BSTらのカバーヒットがあったせいか、『ニューヨーク・テンダベリー』は全米アルバムチャートで32位に、シングルカットされた「セイブ・ザ・カントリー」は5位になるのだが、これだけ非商業的な作品がチャートの上位にランクされることは稀である。

70年にリリースされた『魂の叫び(原題:Christmas And The Beads Of Sweet)』は、『イーライと13番目の懺悔』と『ニューヨーク・テンダベリー』の2枚をミックスしたようなアルバムで、歌声はより力強くなっている。ラストの7分にも及ぶ「クリスマス・イン・マイ・ソウル」の孤独感の表現は、戦慄さえ覚える名演である。
本作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』 について

そして、これまでのローラ・ニーロ作品とはまったく趣を異にしたアルバムが71年にリリースされた。それが全編カバー曲で勝負した本作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』である。彼女の作品中、もっとも明るくポップ性に富み、何より彼女の素晴らしいヴォーカルにスポットを当てているのが特徴だ。録音はフィラデルフィアソウルのメッカとも言えるシグマ・サウンド・スタジオで、プロデュースはその筋の神的存在として知られるケニー・ギャンブルとレオン・ハフが担当している。

本作に収録されているのは、彼女が子供の頃から口ずさんでいたR&B・ソウルの大ヒット曲ばかりであるが、しっかりとローラ・ニーロのカラーを主張しているところがすごいところ。アルバムのクレジットはローラ・ニーロ・ウィズ・ラベルとなっており、ラベルとはアレサ・フランクリンと並ぶほどの女性ソウル歌手、大御所パティ・ラベルである。共演がラベルだけに、ローラ・ニーロも渾身の力を振り絞りながら楽しんでいる様子が手に取るようにわかる。その雰囲気もちゃんとアルバムに収められているところが本作を名盤に押し上げている要素のひとつだと思う。

スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、マーサ&ザ・ヴァンデラス、メジャー・ランス、ベン・E・キングなどの大ヒットナンバーが持つ有名曲そのものの魅力と、ローラ・ニーロという稀有の才能を持ったアーティストの魅力とが相まって、リリースされてから50年近くが経っているにもかかわらず本作は未だに古びていない。商業音楽が半世紀近くも鮮度を保つのは容易なことではないが、本作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』はタイトル通り奇跡的なアルバムだと言えるのではないだろうか。
TEXT:河崎直人
アルバム『Gonna Take a Miracle』
1971年発表作品

<収録曲>

1. アイ・メット・ヒム・オン・ア・サンデー/I Met Him on a Sunday

2. ザ・ベルズ/The Bells

3. モンキー・タイム / ダンシング・イン・ザ・ストリート/Monkey Time / Dancing in the Street

4. デジレー/Désiree

5. ユー・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー/You’ve Really Got a Hold on Me

6. スパニッシュ・ハーレム/Spanish Harlem

7. ジミー・マック/Jimmy Mack

8. ウィンド/The Wind

9. ノーホエア・トゥ・ラン/Nowhere to Run


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