チョ・ソンジン 柔らかな幻想(Album Review)

2017年12月9日 / 10:00

 来年は、1918年3月25日にこの世を去ったドビュッシーの歿後100周年にあたる。このアニヴァーサリー・イヤーに向け、早くも注目すべき音盤やボックスセットが発売されつつあるなか、ドイツ・グラモフォンのピアノ・マスターズシリーズからは、2015年のショパン・コンクールを制した、チョ・ソンジンのドビュッシー・アルバムがリリースされた。

 チョといえば、パリ国立高等音楽院で幼い頃よりミシェル・ベロフの薫陶を受けた奏者で、ショパンのバラードでは、ベロフばりの硬質な音色と神経過敏さを掛け合わせた見事な演奏を披露していた。それゆえに今回も似たような演奏を予想していたのだが、硬質の音を軸とすることに変わりはないものの、硬軟取り混ぜた音色のパレットは実に広く、予想はいい意味で裏切られた。

  ドビュッシーの場合、こうしたタッチの幅は大きな武器になる。ただし、音色でもテンポ取りでもウナ・コルダの踏み方でも、あまりに耽美的な世界に流れすぎるとぼってりとした印象になり、その厚化粧の向こうに精緻で細やかな魅力は消し飛んでしまう危険性がある。十二分に人間的なぬくもりを感じさせる音色を駆使しながら、あくまで抑制をもって弾き進めるチョの『映像』は、その意味でバランスが実にいい。

  また、よく訓練された指はクリアによく分離した音を生み出すものの、彼には強迫観念的にどの音をも聴かせようとする、若い奏者にはよくありがちな癖があまり見受けられない。あくまで全体の流れ、響きの総体の中に一つ一つの音のありかを捉える大局的ヴィジョンも見失わない。『子どもの情景』でも終始丁寧な造形だが、終曲「ゴリウォーグのケークウォーク」では、リズムをごく軽く不均一にあしらうことで活き活きとしたのダンスを描き出すなど、無機的で画一的なアプローチからも隔たっている。

  このアルバムで最も成功しているのは『ベルガマスク組曲』だろう。「プレリュード」の、即興的とすらいえるルラードの軽やかさや、続くテンポ・ルバートの指示を伴う箇所の浮遊感も見事なら、中間部からブリッジにかけても聴き所で、長く静かなフレーズを丁寧に弾いたあと、指示通り音量を上げて、気取りのなく楽曲の魅力を引き出している。「パスピエ」では、左手のタッチの質感をめまぐるしく変えることで、めくるめくニュアンスの変化を生み出す。

  アンコールピースとしてもよく弾かれる、アルバム最後に置かれた難曲『喜びの島』では一転、ダイナミックに音が乱舞して、輝かしい喜悦にみちた音の一大絵巻を織り成してみせる。アルバム全体としてチョの幅広い表現力は遺憾なく発揮されており、来たるべきアニヴァーサリー・イヤーの露払いに上々の一枚だといえるだろう。Text:川田朔也

 ◎リリース情報
チョ・ソンジン『映像第1集、第2集、ベルガマスク組曲、子供の領分、喜びの島』
UCCG-1779 3,024円(tax in.)


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