スガ シカオが天賦のバランス感覚で作り上げた衝撃のデビューアルバム『Clover』

2017年1月4日 / 18:00

『Clover』(’97)/スガ シカオ (okmusic UP's)

2017年、スガ シカオがデビュー20周年を迎える。5月にはこれを記念したイベント『スガフェス! スガ シカオ~20年に一度のミラクルフェス』が、さいたまスーパーアリーナにて開催される。現時点ではポルノグラフィティ、怒髪天の他、稲川淳二氏の参戦も発表されており(出演者は随時発表)、スガ シカオならではの独特のライヴイベントとなりそうで、実に楽しみである。そんなスガ シカオに祝意と敬意を表して、彼のデビュー作品を解説してみたい。

90年代邦楽シーンに見事にフィット
97年、スガ シカオの登場はちょっと衝撃的だった。もちろんそれは、大量のパブリシティーで話題性たっぷりに送り込まれるタレントから受けるような“衝撃”ではなく、言わばTHE BLUE HEARTSがパンクロックに退廃的ではない言葉を乗せて歌った時に感じたものに近い、新発見にも似た衝撃である。その音楽性はスライ&ザ・ファミリー・ストーンやプリンスからの影響を隠すことのないファンク、ソウル。しかしながら、決してマニアックになりすぎず、メロディーラインにはしっかりと大衆性が備わっている。そして、そこに乗る歌詞は──後にSMAPの「夜空ノムコウ」(98年)でその卓越したセンスを日本国民の多くが知ることになるが、難解な言葉や表現はほとんどないものの、余白があり、聴き手の想像力を喚起させるものが多い。所謂“スウィートソウル”的なリリックもなくはないが、それにしても物語の背景が詳細に描かれているものではない。何と言うか、辛からず甘からず、イージーリスニングにも耐え得る一方で好事家たちをニヤリとさせる仕掛けもあり、全体が実にいい塩梅なのだ。当時はすでにブラックミュージックの影響下にある日本のアーティストも珍しくなくなっていた頃だが、スガ シカオの存在感は明らかに先達とは違っていた。
その新しいバランス感覚は90年代後半の音楽シーンにはまったのだと思う。彼がシングル「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビューした97年は、所謂“CDバブル”の真っ只中。シングル16枚、アルバム22枚のミリオンヒットが生まれ、その翌年にかけてCD販売枚数がピークを迎えている。安室奈美恵、globe、華原朋美ら小室哲哉プロデュースのアーティストが人気を博し、バンド勢はすでにブレイクしていたMr.Children、THE YELLOW MONKEY、JUDY AND MARYに続いてGLAY、L’Arc〜en〜Cielがヒットを飛ばした頃。Hi-STANDARDが初めて『AIR JAM』を開催したのも97年だし、Dragon Ashのメジャーデビューも同年だ。『フジロックフェスティバル』もこの年に始まっている。誤解を恐れずに言えば、キッズのための音楽≒ロックは潤沢に市場に投入されていたと言える。だが、リスナーは拳をあげながら聴く音楽を好む人たちばかりではない。そうではないリスナーは自然とそれとは別のものを指向していたに違いない。97年にLUNA SEAが活動を休止後、RYUICHIが河村隆一名義で発売したバンドとイメージの異なるソロ作品が、LUNA SEAを凌駕する勢いで売れたことがその証左ではなかろうか。その流れとまったく同じ原理とは言わないが、俗に言う“タテノリ”を嗜好しない人たちは、スガ シカオの音楽に興味を示したのではないかと想像する。

絶妙なバランス感覚が発揮された名盤
さて、97年2月のデビュー曲「ヒットチャートをかけぬけろ」に次いで、5月に2ndシングル「黄金の月」、7月に3rd「ドキドキしちゃう」と精力的にシングルをリリースしてきたスガ シカオが、まさに満を持して発表したのが1stアルバム『Clover』である。「全体が実にいい塩梅」と前述したが、このアルバム、本当にバランス感覚が絶妙である。メロディーと音楽ジャンルとの関係は上記の通りだが、それだけにとどまらず、メロディーと歌詞、あるいはサウンドメイキングと歌詞、さらには曲順に至るまで、それらのバランスが少しでも異なっていたらスガ シカオというアーティストの評価すら変わっていたのではないかと思うほど、その作りが巧みである。メロディーと歌詞との関係性で言えば、分かりやすいのは、やはりシングルチューンのM2「ドキドキしちゃう」やM6「ヒットチャートをかけぬけろ」だろうか。
《ぼくらが確かに 今いい大人になったからって/全ての事を 許したとでも思っているのかい/あの時のイタミ あの言葉の意味/今でも ドキドキしちゃう》(M2「ドキドキしちゃう」)。

《愛を歌うために 何をしておくべきかなんて/今さら真剣になって ちょっと考えちゃうけど/さんざんほっといて 逃げ倒すだけ逃げといて/どんなツラさげて 今歌えばいいんだろう》(M6「ヒットチャートをかけぬけろ」)。
それぞれ後悔や逡巡を感じさせる内容だが、サビでは開放的なメロディーとともに前向きな印象に展開する。
《ユメのように朝になって/イタミなんて全て消えてほしい/ぼくにとって 君にとって/すばらしすぎる朝が くればいいけど》(M2「ドキドキしちゃう」)。

《ぼくのいやしき魂よ ヒットチャートをかけぬけて/ヤミの向こうをてらして欲しい 誰かのために歌って欲しい》(M6「ヒットチャートをかけぬけろ」)。
M2「ドキドキしちゃう」は《すばらしすぎる朝が くればいいけど》と100%突き抜けているわけではなさそうだが、そこがむしろ嘘っぽくなく、リアリティーラインが丁度いいのだと思う。また、そのM2「ドキドキしちゃう」もまさにそうなのだが、各楽曲、微妙に不穏な印象の音が差し込まれている点も聴き逃せない。M1「前人未到のハイジャンプ」やM4「月とナイフ」、M5「In My Life」辺りはわりとベーシックなサウンドメイキングだが、M3「SWEET BABY」では生々しいアコギの音に時々不穏なシンセとエレキギターの音色が重なり、M8「サービス・クーポン」の間奏ではサイケデリックな逆回転音とサックスが鳴く。これらのサウンドは、M3「SWEET BABY」では《ぼくのこうゆう願望は 冷たい夜の階段で/得体の知れない妄想に 膨れ上がっていく》というどこか怪しい様子に拍車をかけているし、M8「サービス・クーポン」であれば《キイロイ サービス・クーポンで/夢をつなぐ 強心剤を ぼくのウデに/そう一瞬で 君のもとへ》《君のいない このストーリーを 消して欲しい》をより幻惑的に、より絶望的に仕上げているとも思う。

リスナーの感情を浮沈させる芸術作品
そして、リスナーはラストM10「黄金の月」に辿り着く。これはやわらかくも力強いメロディーラインを持った名曲と呼ぶに相応しいいナンバーであるが、この歌詞も何かの物語を具体的に伝えようとしているものではない(《6月の夜》や《永遠をちかうキスをしよう》辺りから結婚のニュアンスを感じなくもないが、おそらくスガ シカオ本人はそんなことを言ってないだろうから、それは推測でしかない)。だが、そこがいい。もっと言えば、そこがこのアルバムの着地点となっているのがアルバム『Clover』の素晴らしさであると思う。歌詞はこう締め括られる。
《ぼくの未来に 光などなくても/誰かがぼくのことを どこかでわらっていても/君のあしたが みにくくゆがんでも/ぼくらが二度と 純粋を手に入れられなくても/夜空に光る 黄金の月などなくても》(M10「黄金の月」)。
文字面だけ追えば前向きさは微塵も感じられないし、本当にそうだとするとラストにこれを置くのは作者の性格が悪すぎる。これは“パンドラの箱に残ったものは?”的なことを想像する余地を残したと解釈するのがいいのではと、個人的には思う。もしかすると、本当に性格が悪いだけなのかもしれないが、いずれにせよ、意識的にか無意識的にかは知らないが、作者が本作を通してリスナーの感情を浮沈させるような何かを仕掛けているのは間違いない。十分に芸術作品であると思う。
まぁ、そんな大仰な捉え方をするまでもなく、曲順の妙は素直に感じられるところである。とにかくM9「イジメテミタイ」の位置が絶妙だと思う。この楽曲、《めかくしをつけて 両手をゆわいて/スタンドをつけて 言葉でなじって》《もっともっと激しくいじめてみたい/いつまでもいつまでも抱きしめていたい》とかなり刺激的な描写が出てくる。ジェームス・ブラウンやR・ケリーの例を挙げるまでもなく、ソウル、ファンクにはこうしたセックスソングはあってしかるべきなのだが、これが9曲目にある辺りがいい感じなのだと思う。1、2曲目は論外としても、5、6曲目辺り(LP盤で言えばA面ラスト、B面1曲目)もなくはないかと思うが、ここにあるからこそ、アルバムとしてのまとまりがいい気がする。さらに付け加えると、全10曲収録で40分弱というのも本当に素晴らしい。短尺だからといって内容が薄いわけでないので、むしろ濃厚さすら感じさせるし、何よりもポップスとして優れている。こうしてアルバム『Clover』を振り返ると、スガ シカオはデビュー時から稀代の才能を発揮していたのだと思うし、まさに「前人未到のハイジャンプ」を実現したのだと思う。


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