『時の扉』はWANDSの確かなポテンシャルを示した90年代を代表する一枚

2016年9月28日 / 18:00

『時の扉』(’93)/WANDS (okmusic UP's)

猫騙が2016年9月30日、タワーレコード渋谷店にてインストアライヴを開催する。猫騙と言ってもピンと来ない方もいらっしゃるかもしれないが、彼らは、The fantastic designs やTYPHOON24で活躍したベーシストのmiya38と、ヴォーカリストのShowとが中心となって06年に結成されたバンドだ。09年にmiya38の急逝という悲劇に見舞われ、13年にはメンバーチェンジにも遭いつつも、miya38の意志を継いで現在も活動中の“エスニカル・ファンクロック”バンドである。今回のインストアライヴも、今夏、4年振りに発表したアルバム『megalomania』リリース記念だ。そんな猫騙のヴォーカルのShowとは誰あろう、90年代前半に一世を風靡した元WANDSの上杉昇、その人である。あれからおおよそ20年。猫騙でも相変わらずシャープな歌声を聴かせているので、興味を持った方はぜひ猫騙のShowにも触れてほしい。今回はその上杉昇の20年前にフォーカスを当ててみる。

90年代前半を席巻したビーイング・ブーム
音楽制作会社“ビーイング”に関して多くの説明は要らないであろう。現在も数々のアーティストとその作品を世に送り出し、邦楽シーンにおいてなくてはならない企業集団と言っても過言ではない。その歴史を紐解けば創業者である長戸大幸氏が株式会社ビーイングを設立した78年に遡るが、我々一般リスナーには、やはりB’z、ZARD、T-BOLAN、大黒摩季、DEENら所属アーティストが続々とミリオンセールスを連発した90年代前半における隆盛が思い出されるだろう。調べてみたらピークの93~94年には年間売上を“ビーイング”系が独占しており、93年の年間売上ベスト10にはZARD、WANDS、B’z、T-BOLAN、TUBEが、94年にはB’z、ZARD、大黒摩季、DEENがその名を連ねている。確かにこの時期の“ビーイング”系アーティストは誰でも出せばヒットするのではないかと錯覚するような凄まじい勢いがあった。
いずれも記憶と記録、その両方に残る名曲、名作を残してきたが、WANDSに焦点を絞ると、彼らはなかなか興味深い記録を持っていることが分かった。93年4月17日、5thシングル「愛を語るより口づけをかわそう」と2ndアルバム『時の扉』を同時発売しているが、両作品ともチャート初登場1位を獲得し、その後、ともに4週連続で首位をキープ。これは現在までのところ、“シングル、アルバムともに初登場の作品としては最長の同時首位記録”なのだそうだ。4週連続と言えばおおよそ1カ月間である。ちなみに5週目に両作品はまだ2位に留まっていたということで、当時、どれだけ市場がWANDSを欲していたかが分かる。WANDSの勢いもこれまた想像を絶する凄まじさであった。さらに恐ろしいのは、「愛を語るより口づけをかわそう」の前のシングルチャート1位はB’zの「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」、「愛を語るより~」の後の1位は「夏を待ちきれなくて」(TUBE)、「揺れる想い」(ZARD)、「裸足の女神」(B’z)、「刹那さを消せやしない/傷だらけを抱きしめて」(T-BOLAN)と続いていったのだから、この時期の“ビーイング”のすごさはもはや形容し難い。

コラボ曲のヒットを契機に大ブレイク
そんな“ビーイング”勢も誰も彼もデビュー時からドカンと売れたわけではなく、B’zのデビューシングルと2ndシングルはチャート圏外であったし、T-BOLANにしても大黒摩季にしてもデビュー曲は50位前後の発信であった。それはWANDSもしかり。91年のデビューシングル「寂しさは秋の色」は63位。2ndシングル「ふりむいて抱きしめて」はさらに落として80位であった。3rdシングル「もっと強く抱きしめたなら」は1位に輝いてミリオンセールスを記録したが、初登場は47位で、何と29週目での1位獲得であった。
そんな彼らの名前を世に知らしめたのは“中山美穂&WANDS”名義で、92年10月発売された「世界中の誰よりきっと」に他ならない。これまたチャートの話で恐縮だが、この楽曲は初登場2位だったものの、8週目にして1位を獲得し、その後、4週に渡り首位を維持したというから、楽曲のポテンシャルがいかに高かったかがうかがえるところだ。すでにトップアイドルだった中山美穂の作品であったことで巷に浸透したことは間違いないだろうが、織田哲郎が作ったキャッチーなメロディーとポップで軽快なビートが素晴らしいし、楽曲全体に得も言えぬ高揚感を生み出している上杉昇のコーラスワークが勝因であったことも疑う余地はない。「世界中の誰よりきっと」のヒット後、「もっと強く抱きしめたなら」がチャートを駆け上ったのは、多くのリスナーが「このヴォーカルをもっと聴きたい」と思った結果であっただろう。

多くの人が求めた上杉昇のヴォーカル
それらのヒットを受けて発売された待望の2ndアルバム『時の扉』は、皆が渇望した上杉昇のヴォーカリゼーションが聴くことができるアイテムであったわけで、前述の通り、シングルとともにチャートを席巻したのも今思うと至極当然のことであった。今、本作を聴いても上杉の声は魅力的だ。魅力的と言っても、所謂個性派ではないところがポイントだと思う。ロックヴォーカリストと言うと、極めて独特なヴォーカリゼーションを見せるアーティストもいるが(その極北はトム・ウェイツやキャプテン・ビーフハート辺りだろうが)、彼の歌はどちらかと言うとその対極にある。聴き手を選ばないと言ったらいいだろうか。聴いていて気持ちの良いハイトーンヴォイスには濁りも曇りもなく、フェイクもほとんどない。かと言って没個性的ではなく、M3「星のない空の下で」やM5「ガラスの心で」、M6「そのままの君へと…」、M7「孤独へのTARGET」辺りで確認できるが、ほのかに少年っぽさが感じられるところが何とも心地良い。これがB’zやT-BOLANとは異なるWANDSの特徴であったと思う。上杉は当時19~20歳。少年っぽさを残していて当然だが、それが嫌味なくセクシーさに直結し、それでいて妙な我がない。聴きやすいヴォーカルである。
そんな優れたヴォーカルもメロディーの抑揚がなければ良いも悪いもない。M2「このまま君だけを奪い去りたい」(※原曲はDEEN)、M10「世界中の誰よりきっと」の織田哲郎、M4「もっと強く抱きしめたなら」の多々納好夫、M7「孤独へのTARGET」の川島だりあといった当時多くの“ビーイング”勢を手掛けていた作曲陣、92年までWANDSのキーボーディストを務めた大島康祐(M1「時の扉」、M6「そのままの君へと…」を作曲)、そしてギタリストの柴崎浩のコンポーズ能力があってこそ、彼の歌が生きたこともこれまた間違いない。アレンジもいい。オーケストラル・ヒットの多用はいかにも時代性を感じさせるが、今聴き直すとギターバンドとしての音作りが成されていることがよくわかる。歌詞を含めて歌のキャッチーさが突出しているので、やはり初見ではヴォーカルの主旋律の耳を奪われるが、改めて聴き直してみて、いずれの収録曲もギターの自己主張は決して弱くないことが確認できた。弱くないどころか、M1「時の扉」ではワイルドなリフ、M2「このまま君だけを奪い去りたい」では抑制されつつも開放感のあるリードプレイから始まる。冒頭からギター全開なのである。さらに、アーバンな雰囲気の中でも鳴きのフレーズを響かせるM6「そのままの君へと…」、ファンキーなカッティングを聴かせるM8「Mr.JAIL」、そしてブルース・フィーリングを感じさせる上杉作曲のM9「Keep My Rock’n Road」と、ギターの聴きどころは多い。

織田哲郎に天才と言わしめた歌詞
最後に歌詞について触れよう。歌詞は若干共作があるが、全て上杉昇が書いている。これもまた上杉のヴォーカリゼーションと似たようなところがあって、突出したメッセージ性があるわけではないので聴き手を選ばない内容である上に、ほとんどの言葉が過不足なく音符に乗せられているので、上記でも若干触れたが、サラリと聴けてしまう掴みの良さがある。この辺は、サビの歌詞と楽曲タイトルとがイコールであるビーイング”系アーティスト全体の特徴でもあるのだが、あたかも随分と前からすでにそこにあったかのように、当たり前のような顔をして言葉が鎮座しているようなのである。だからこそ、見落としがちなのだが──少し考えると分かるが、そんなに言葉選びが簡単なわけがない。しかも、《このまま君だけを奪い去りたい》にしても、《もっと強く抱きしめたなら》、《世界中の誰よりきっと》にしても、そこに奥深さを感じさせる物語性を乗せている。さらに言うならば、《このまま君だけを奪い去りたい》では切なさと愛おしさがない交ぜになった感情が、《もっと強く抱きしめたなら》では確かな力強さが、《世界中の誰よりきっと》では最上級の歓喜がある。音楽ならではの表現があるのである。驚きなのはこれらを作詞した時の上杉昇は若干19~20歳だったことである。織田哲郎が「(上杉は)詩人としては天才」と褒め称えたそうだが、それも納得の味わい深さである。


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