プラスチックスの『WELCOME PLASTICS』で佐久間正英が示したものは、それまで世界になかったバンドグルーブ

2016年5月11日 / 18:00

PLASTICS『WELCOME PLASTICS』のジャケット写真 (okmusic UP's)

 オリジナルアルバム『WELCOME PLASTICS』『ORIGATO PLASTICO』『WELCOME BACK』のデラックスエディションが今年3月にリリースされたプラスチックス。5月10日にはブルーノート東京において再結成ライヴを開催する予定で、本コラムが配信される頃には大盛況のうちに幕を閉じているに違いない。今回はテクノポップ黎明期の1980年代初頭に活躍し、P-MODEL、ヒカシューとともに“テクノ御三家”とも言われたレジェンダリー・バンドの音楽性を再検証してみたいと思う。

デビュー直後に世界進出を果たす
Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、最近では何と言ってもBABYMETALの快進撃の話題が熱いが、昨今、日本人アーティストの海外進出は不思議ではない程度に活発になっている。彼女らの他にも、DIR EN GREYやONE OK ROCK、あるいはMIYAVIらが欧米でも精力的に活動を展開している。しかし、70年代後半までは、少なくともポピュラーミュージックにおいて日本人の奏でる音楽が海外で評価されると考えた人は、当の音楽関係者の中にも皆無に近かったに違いない。そんな中、1979年のデビュー直後、インディーズレーベルとはいえ、英国の“ラフ・トレード・レコード”から音源をリリースしたり、B-52’sやラモーンズ、トーキング・ヘッズらとのワールドツアーを実現させたりしたプラスチックスは、歴史的に見て稀有なアーティストと言える。その活動形態において彼らと並び称されるのはサディスティック・ミカ・バンドとイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)くらいだろうか(それを思うと、両バンドに参加した高橋幸宏というアーティストが邦楽史においてもっとも傑出した人物であることが分かるが、それはまた別の機会にでも…)。
プラスチックスの結成は76年。当初は中西俊夫(Gu&Vo)、佐藤チカ(Vo)、立花ハジメ(Gu)の他にベース、ドラム、キーボードとコーラスがいたというが、上記3名以外が辞めたところへ、当時、四人囃子脱退後、P-MODELのプロデュースを行なっていた佐久間正英(Key)が参加。さらに作詞家の島武実がリズムボックス担当として加わって今も知れ渡るメンバーが揃った。佐久間正英の加入によってこのバンドの運命が大きく変わったことは疑いようがないところだろう。何しろ、もともと中西はイラストレーター、佐藤はスタイリスト、立花はグラフィックデザイナーであってミュージシャンではなかったし、プラスチックスが初めて人前で演奏したのは佐久間が参加してからだというのである(それも仲間内のパーティでのことだったという)。その経緯を見ただけでも佐久間正英の影響力の強さが分かると言うものだ。佐久間加入前のプラスチックスを聴いたことはないが、四人囃子の後期も氏の指向が反映されてエレクトロニカ傾向が強くなったという事実を鑑みても、プラスチックスの音楽性における佐久間カラーの反映は推して知るべしだろう。

テクノポップとは一線を画した思想
そんなプラスチックスの1stアルバム『WELCOME PLASTICS』。まず、恐縮ながら個人的な感想から述べさせてもらうと、リアルタイムで聴いた時、正直、ピンと来なかったことを覚えている。当時のテクノと言えば代表はYMO。その流れからプラスチックスを手にしたのだが、YMOは歌がないとはいえ、所謂ポップミュージックの公式に当てはまる展開を有している。P-MODELの平沢進がYMOを指して「あれはフュージョンだと思っていた」と言ったという逸話の通りで、あのポップさは音楽的な素養も何もない田舎の中学生にも分かりやすいものであった。一方、プラスチックスの音楽性は、テクノはテクノでもYMOとは別物だった。決して難解な音楽ではないが、バンドが求めている気持ち良さが異なるのである。そこが、電子音という共通点でYMO的なものを期待した田舎の中学生には分からなかったし、『WELCOME PLASTICS』はヘヴィローテーションには至らなかった。その後、YMOの『BGM』と『テクノデリック』でポップではないテクノも聴くようになったが、残念なことにその2枚のアルバムが発表された81年にプラスチックスは解散した。
しかしながら、本稿作成にあたって『WELCOME PLASTICS』を聴き直して、今さらながらに本作のすごさが分かった。極端なことを言えば、プラスチックスの音楽は、主旋律のポップさ、キャッチーさを味わう音楽ではなく、アンサンブル、グルーブの妙味を楽しむ音楽だったのである。これこそがテクノポップとテクノとの違いと言ってもいいかもしれない。『WELCOME PLASTICS』もまったくメロディーラインがないわけではなく、M1「TOP SECRET MAN」の歌謡曲感は当時においてもノスタルジックを湛えたメロディーだし、M12「LAST TRAIN TO CLARKSVILLE」はモンキーズのカバーだ。また、M8「WELCOME PLASTICS」は知る人ぞ知る「ウェルカム・ビートルズ」が元ネタだし、M6「CAN I HELP ME?」やM10「ROBOT」でもビートルズ・オマージュを聴くことができる。そこからも決してメロディーを疎かにはしていないことが分かるが、『WELCOME PLASTICS』は──本当に今さらながらであったことを恥じるが、そこだけに重きを置いた作品ではないのだ。初期YMOは歌をヴォーカルではなく電子楽器に委ねたが、プラスチックスはボーカルに歌ではなく楽器的なポジションを与え(M9「I LOVE YOU OH NO!」辺りのヴォーカルで聴かせる過度な抑揚にその意図が垣間見える)、バンド全体でのアンサンブル、グルーブを押し出したのだと思う。

世界に比類なき独自のアンサンブル
プラスチックスサウンドの特徴と言えば、何と言ってもリズムボックスの使用だろう。何故にリズムボックスを使ったのか? セッションしたドラマーと合わなかったからとも、クラフトワークの影響だったとも言われているが、いずれにせよ、そこに佐久間正英の明確な意向はあったようだ。ループミュージックと言ってしまえば簡単だが、単調かつ、良くも悪くもブレのないリズムに、概ね一定の音階を繰り返すギターとヴォーカルが乗ったものがプラスチックスの楽曲である。M2「DIGITAL WATCH」、M4「I AM PLASTIC」、M7「TOO MUCH INFORMATION」、M11「DELICIOUS」、M13「DELUXE」、M14「COMPLEX」…それはほとんどの収録曲で確認できる。しかし、単調とは書いたが、それはビートだけで、楽曲そのものの聴き応えは実にグルービーなのがプラスチックスサウンドでもある。一般的にグルーブは、ドラムスの2、4拍目のスネアの打点が微妙にズレることで生まれると言われるが、機械的なビートに対して絶妙にギターとヴォーカルとを重ねることでグルーブを生み出したのがプラスチックス、佐久間正英の大発明だったのではなかろうか。しっかりと歴史的な検証を行なったわけではないのでこれはあくまでも私見であることを断っておくが、プラスチックスが拍子は無機質でありながら、音楽特有のノリを出すことに成功したのは、ハウスミュージックの発祥と同時期であり、現在のテクノよりも10年余り早かったことも付加しておきたい。
これまた想像でしかないが、佐久間正英に限らず、60年代後半から活動しているアーティストの命題は欧米に寄らない独自の音楽性の創造であったように思う。はっぴいえんどしかり、山下達郎しかり、荒井由実しかり、である。ブルースやソウル、あるいはR&Rやファンクから影響を受けて生まれた日本のロック、ポップスは、ある時期からその磁場を逃れようと試行錯誤を繰り返した。四人囃子で世界的プログレバンドにも引けを取らない演奏能力を発揮し、世界標準を実感した佐久間正英もまた、四人囃子脱退後、改めて世界に通用するサウンドを標榜していたのだろう。YMOは「黄色人種独自の音楽を作り上げる」とシンセサイザーを駆使した音作りをオリジナリティーとしたが、プラスチックスはあえてリズムでのノリを抑えることで独自のうねりを発揮しようと試みたのだ。それは確実に成功した。さらに彼らはその完成品を引っ提げて自力で渡米し、マネージメントと契約を結んで、ワールドツアーを行なったというのだから、完全に本懐を果たしたとも言える。プラスチックスは81年に解散。佐久間正英は後に「期間限定での参加だった」と語っているが、プラスチックスでやろうとしたことを完遂したのだから、バンドに残る意味もなかったのだろう。その後、名伯楽として名を馳せるよになったのも必然だったのかもしれない。


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