90'Sガールポップシーンで異彩を放った橘いずみ、その本質が見える佳作『どんなに打ちのめされても』

2015年6月17日 / 18:00

『どんなに打ちのめされても』のジャケット写真 (okmusic UP's)

神聖かまってちゃんのベストアルバム『ベストかまってちゃん』の初回限定盤に同梱されるフィーチャリングアーティストCDに橘いずみ(現・榊いずみ)が参加していると聞き、本コラムでも彼女をフィーチャーしたい。ヒット作「失格」や「バニラ」等、当時過激と言われた歌詞の内容と相俟って“女・尾崎豊”との異名をとったことでも知られる彼女。アルバム『どんなに打ちのめされても』からわかるそのアーティスト性とは?

 《たったこれっぽちの生きざまをひとり振り返り 四の五の理屈を言ってる私を愛したい》(「失格」)──邦楽シーンにおいて自己表現というものをこれほど的確に言葉にした例はなかなかないと思う。全部が全部そうだとは言うつもりはないが、シンガーソングライター(自ら書いた歌を自ら歌うバンドマンも含む)のやっていることとは畢竟そういうことだろう。《たったこれっぽち》というフレーズはもしかすると辛辣に聞こえるかもしれないが、下手すりゃ10代が《生きざまをひとり振り返る》なんてことも少なくないので、冷静に考えれば過度にへりくだっているわけでも、他人を揶揄しているわけでもないことと理解できる。《自分の為に泣いても人の為には泣けない》や《傷ついた傷つけられたと騒いで憂さ晴らし 失恋した友達慰めどこかホッとしてる》辺りの所謂“あるあるネタ”、あるいは《父親に若い女いても構わない 母親に別の許婚の話を聞きたい》といったショッキングな描写もさることながら、個人的にはこの的確に自己表現をとらえた歌詞に「失格」という楽曲とアーティスト・橘いずみの凄味を感じるところである。
 所謂アイドルグループの隆盛に支えられるかたちで、今もまたガールポップなるカテゴライズが浮上している。これは元々1990年代に提唱されたものだったと記憶している。森高千里や谷村有美がその代表で、観月ありさや永井真理子から浜田麻里、CHARAまでが含まれていたというから、そもそもかなり大雑把なものではあった。そのカテゴリーに橘いずみも入れられていたが、明らかに他とは異なる存在だったと思う。ショートカットでボーイッシュな雰囲気ながらも顔立ちはキュートで、ビジュアル面だけならまさにガールポップと呼ぶに相応しいもので、そのメロディーやサウンドメイキングはポップなものも多かったが、その歌詞の世界観は必ずしもポップなものばかりではなかった。いや、デビューシングル「君なら大丈夫だよ」、そして2ndシングル「また かけるから」はまだポップと言える内容ではあった。前者はやや陰りがあるものの、最終的には前向きに締め括られるし、後者は不安を隠し切れない遠距離恋愛が綴られているが、メロディーやサウンドがそれを補っている印象だ。やはり3rdシングル「失格」が彼女の分水嶺だったと言える。
 彼女には “女・尾崎豊”という異名があった。これは彼女の資質がどうの…というより、尾崎豊のプロデューサーでもあった須藤晃氏が彼女のプロデューサーでもあった点が大きいのだろう(「ストイックなまでに自虐的な歌詞が尾崎に似ている」との論調もあるようだけど、尾崎はストイックではあったが、自虐的ではなかったと思うのだが…)。M1「打ちのめされて」のメロディー感や“カモン!”の掛け声、M2「東京発」のサックスの使い方、Aメロの自ハモは、まさに尾崎調──いや、須藤晃調ではある。M10「がんばれ、なまけもの」のサウンドもそうだ。個人的には、CDジャケットのアートワークに尾崎感があると思う。2ndアルバム『どんなに打ちのめされても』は最たるもので、Gジャンを着ている姿からしてその雰囲気があるし、裏面でコートを翻す後姿を始め、中ジャケのショットもそれっぽい。何よりもモノトーンなのもいいし、そこに“SONY”のロゴが入れば、それはもう尾崎豊を想像してしまう。彼女は2004年に発表された尾崎豊トリビュートアルバム『BLUE~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』に「路上のルール」で参加している。これが、いい意味でひねりのない、ド直球のカバーで、清々しいほどだったことも付け加えておく。
 若干話が脱線したが、橘いずみというアーティストは“女・尾崎豊”というよりも、中島みゆきや山崎ハコらの系譜に連なる人ではないかと思う。本稿ではそこを強調したい。つまり、正統なる女性シンガーソングライターということである。昭和歌謡っぽい、ややマイナーコードなミディアムバラードで、《悲しい恋を引きずり 小さな車で走ってる》という失恋女二人旅を綴ったM4「富良野」。《死んでもいいと思った 運命だと思った 出会った時思った だけどあなた知らない》と情念をポップなメロディーで歌うM5「愛してる」。《捨てられてもいい だから一度だけ その手で拾ってくれませんか》《私じゃなければ 駄目なことなど 何ひとつない 何ひとつ》と、さらに深い情念を正調なるフォークソングに乗せたM8「ごみ」。この辺が個人的には橘いずみの面目躍如たるナンバーだと思う。筆者は男性なのでこれらの歌詞を理解できなくはないが、はっきり言って共感はできない。でも、この女性らしい感情の吐露こそが素晴らしいし、まさに女性シンガーソングライターならでは…だと思う。また、丁寧に言葉を伝えようとしている歌唱法にも好感が持てるところだ。「失格」のカップリング曲でもあったM7「オールファイト」のメロディーは、決して景気のいい感じのキャッチーさはないが、だからこそ誠実さが伝わってくるタイプの楽曲である。そして、この楽曲に限らず、所謂循環メロディーも彼女の特徴のひとつ。M1「打ちのめされて」もそうだし、この翌年に発表されてヒットした6thシングル「永遠のパズル」もそうで、この辺にも言葉を伝えるというシンガーソングライターの姿勢を汲み取ることができるとも思う。
 橘いずみは、現在は結婚を機にアーティスト名を“榊いずみ”として現在も活動中だ。最近のトピックとしては、6月24日にリリースされる神聖かまってちゃんのベストアルバム『ベストかまってちゃん』の初回限定盤のみに同梱されるCDにフィーチャリングアーティストとして参加して、「僕は頑張るよっ」を歌っている。この楽曲に彼女をフィーチャリングする辺り、神聖かまってちゃんのの子は少なからず橘いずみからの影響を受けているのは間違いない。自虐的でありながら前向きに締め括る歌詞。耳に残る循環メロディー。「僕は頑張るよっ」は上記で述べた橘いずみの特徴をトレースしているかのようでもある。この神聖かまってちゃんのベストアルバムで初めて橘いずみの存在を知るリスナーもいるだろう。興味を持った人には是非このアルバム『どんなに打ちのめされても』をおすすめしたい。以前、miwaとテレビ番組でコラボしたときにも橘いずみの再評価が高まったが、今回もこれを機に広く彼女の存在が若い世代にも広まればいいと思う。


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