【映画コラム】最近では珍しい気持ちのいいアメリカ賛歌『ハドソン川の奇跡』

2016年9月24日 / 20:07
(C)2016 Warner Bros. All Rights Reserved

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 クリント・イーストウッド監督がトム・ハンクスを主演に迎え、実話を基に映画化した『ハドソン川の奇跡』が公開された。

 2009年1月15日、乗員乗客155人を乗せた航空機が、ニューヨーク上空で突如エンジン停止事故に襲われる。機長のサリー(ハンクス)は、ハドソン川水面への不時着を成功させ、乗客乗員全員生存の偉業を成し遂げた。ところが彼の決断に疑惑がかけられる。

 これまでのイーストウッド監督作は善悪の描き方が曖昧で、どちらかと言えばひねくれたくせ球的なものが多かった。それが彼の作品の個性であり、魅力でもあったのだが、今回は珍しくど真ん中の直球勝負。自ら「英雄が一瞬で容疑者になる現実。現代社会の矛盾を描いた」と語るように、誰もが知っていると思い込んでいるが、実は誰も知らなかった事故の真相を正攻法で描いている。

 また、最新のIMAXカメラで撮影しているにもかかわらず、昔ながらの“映画らしい映画”を見ているような印象を受ける。これこそが大ベテラン、イーストウッドのなせる業だろう。

 とは言え、本作のユニークな点は、時系列を崩して描いているところだ。例えば、この事件をモデルにしたとも思えるロバート・ゼメキス監督、デンゼル・ワシントン主演の『フライト』(12)は、初めに衝撃的な事故の様子を描いて度肝を抜いたが、その後が続かず失速した。

 それに比べて本作は、事故後のサリーの困惑の様子から始まり、30分以上が過ぎてからやっと人々が飛行機に乗り込む様子を映す。つまり、あえて時系列を崩すことで、物語の細部から中心へと徐々にサスペンスを高めながら、違和感なくクライマックスを後半に設定することに成功しているのだ。

 そして、単なるサリー一人の英雄譚(たん)では終わらず、乗員乗客、救助に携わった人々など、事故に関わった全ての人々の行動が奇跡を生んだのだと説く。サリーたちを糾弾する事故調査官ですら決して敵役としては描かれていない。なぜならこの事故は、同じくニューヨークで起きた、9・11同時多発テロ後の希望の象徴として記憶されているからだ。イーストウッドもそれに応えて、最近では珍しい気持ちのいいアメリカ賛歌として描いたに違いない。

 どこにでもいそうな人物ながら実は強い信念を持った男、昔で言えばジェームズ・スチュワート的なイメージでサリーを演じたハンクスはもとより、副機長役のアーロン・エッカートとサリーの妻役のローラ・リニーも好演を見せる。(田中雄二)


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